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2008年6月20日 (金)

人格

俳優力ということで項目に分けて書いてきたけれど
人格 という大きなテーマで締め括ってみたい。

「俳優はその人格以上の役を創造することは出来ない」
と滝沢修が「俳優の創造」という本の中で言っていた。
自分と役をこれほどきちんと考察した本を僕は他に知らない。

人格は変えることが出来る。はずだ。
役者はやめることが出来ても人格は一生離れられない。

例えば僕は熱中時代の水谷豊を観て教育学部へ進学した。
結局中退して教師には成らなかったけれど。
市村正親氏は滝沢修のスパイゾルゲを観て役者を志した。
スパイには成らなかったんだねぇ。

人がその人生を懸けるほどに憧れ、目指すその人格。
作家や監督がその作品は自分だ、と言うのとまた違う。
まさにどうしようもないその人格が作品として鑑賞されてしまう。

役者はやめることが出来てもと書いたが実のところ
その考え方、感じ方、獲得してきた生き方をもう変えることは出来ない。
役者として世界を観ることをやめることは出来ない。

僕らはオーディションで演技を競う。ある者は仕事を得るだろう。
また僕らは現場で出来うる限りの精一杯の演技をする。
ある者は評価され仕事を増やすだろうしそうでないこともあるだろう。

人に評価され決められてしまうその仕事に不自由感を抱くこともある。
このまま役者で食べてゆけるのかと将来を不安に思うこともある。
けれどもそんなことも関係ないこころのどこかで

この自分の人格を見据えてノミと金づちを構えることのできる
今回の人生をこの上なく幸せだと思うところがあるのだ。
そしてそれは凄いものが必ず彫り上ることは既に分っていたりするのだ。

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