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2009年6月

2009年6月15日 (月)

脳裏の雨ふりやまず

Rijityou

あみだくじで当たり
マンションの理事長を1年間だがやっている。
このあいだ第一回目の理事会をやったり
業者の説明会を開かせたりしたのだが
どちらも夜は全く寝つけなかった。
もうすぐ二回目の理事会なのだが
臨時総会やりますかぁ?とか
既に興奮している。
たぶん大好きなのだ。

学生時代も会議の進行や議長をよくやった。
みんなのバラバラな意見をまとめ
一つの方向性を見つけるのが得意だった。

そもそもこの道に転がり込んだのも
大学の演劇部での集団の芝居作りが楽しかったからだ。

司馬遼太郎は亡くなる前に「街道をゆく」シリーズの台湾編を書いたが
最後に「台湾の話はこれで終る。脳裏の雨は降りやまないが」
と締めている。
台湾現代史に国家とは何かを問いかけた。
国家とはって司馬遼太郎が本当に大好きな話なのだ。

写真は何年か前に仕事したビデオ。
イメージとしてはこんな感じ。
まだ WEB でも観れたりDVD貰えたりするみたい。
第二作目も完成してた。こっちもワンシーン出して頂いた。
なんて、こっぱずかしいけどね。

話を戻すと、大好きなことをやって残りの人生を過ごせたらと
気ままにフラフラと今まで生きて来た僕でも甘い夢を見る。
普通は楽隠居とか生活の心配が無くなってからの話だろう。

というか
「大事なものは目に見えない」
星の王子様じゃないけれど
追いかけてるつもりがいつのまにか目に見える違う物を追いかけてないか。
この生活は何の為なのか。
僕が今、効率的に人生を進めているのかどうか。
回り道してる気はしないか。
道に迷ってる気はしないか。
流されずに検証していくことは自分の責任だし必要なことだ。
目を閉じて雨音に耳をすませってことなのかな。
う〜ん…

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2009年6月12日 (金)

期限

ブログ上に何かしらのものを作っていこうと
思ってはいるものの
スルっと手放せる時とそうでない時がある。

なんて言ってたら今日になってしまった。
締め切り日である。

僕自身にわかり切ったことを公表する気は無く
僕が僕の声を理解するために書く。
ブログにはそれが出来る。

最近のマイブームは「今、ここで」
このあいだ読んだ本に
「人間には意識と無意識があって、その違いは
意識は未来や過去に飛べたり場所も色んな所へ行けるのだが
無意識は今ここで起っていることを感じることしか出来ない」
と簡潔に書いてあった。

本番スタート!
とか
観客を前に舞台に立ったりすると
びっくりするほどの静寂がやって来る。
まぁ、そのままびっくりしてばっかりだと俳優生命は絶たれてしまう。
びっくりしながらもそこで風呂敷をひろげるのが仕事だ。
準備し用意してきたものをカッコつけてひろげて見せたいのだが
それがどう自分は感じるのか、満足か最悪か
その舵とり、バランスとりが難しい、しかし重要だ。
普段から響いた声を出すクセを付けとくように
普段から静寂の中に入っていくクセをつけよう、と思う。

子供の頃から、自分が自分を見つめてる感覚が起ることがあった。
目の前にいる家族がよそよそしく感じられ
自分の置かれている状況が他人事に感じられ
ここは一体何処なんだろう
こんなところでこの人は何やってるんだろう
という感覚。
居心地の悪さと怖れからかその感覚が無くなるとほっとしていた。
おまえは橋の下で拾って来たんだよと
からかわれてる時に感じる感覚と似ている。

たぶんその時の問いかけに答えを出したいのだろう。
その感覚は問いかけであり答えさえ持っていれば怖くないからだ。

今ここで起っていることがそのまま答えなのかなと思ったりもする。

そんなこんなで僕は48才になった。

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