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2010年6月

2010年6月28日 (月)

セドメドで受かる?

人生を変えるといわれるセドナメソッド。
僕はセドメドによって俳優としての人生を変えようと思っている。
その3。

例えば、オーディション。
僕らはひとつの役に10人程集められ、演技テスト等を受ける。
その結果、ひとりが仕事を得るという我らがオーディションシステム。

よく、僕らは必要の無いものをそこに持ち込んでしまう。
自分は受かるのか落ちるのかという期待と不安である。
受かればそれこそ人生が変わるかも知れない。
落ちればもしかして俳優を辞めることになるかも知れない。

待合室で僕らは「いやぁ~これはまた君にもっていかれるなぁ~」
とか「いやぁ~この役は絶対アナタですよぉ~」と
そんな気持ちを茶化しあう。
皆何十本、何百本のオーディションを受けて来ているから
これが受かろうが落ちろうが構わないという気持ち表明なのかも知れない。
それによって緊張することを何よりも避けようとしてるんでしょ。

さて僕はどうオーディションに望んでいるのか。
もしセドメドを使うことによって前より受かるようになってたら!?

このオーディション絶対取ってやる!!
と全力を尽くした結果、不合格!?
となると、やはりショックは大きい。
しかし問題はショックを避けようとすることだ。
自分がこの仕事をやっている姿をイメージして要求されるものに全力を尽くす。
実は僕らはこれしかやりようがないのである。

そこでセドメドを使うことになる。
ショックを受けるかも知れないという恐れを手放し
こんなことを言えばすれば受かるかもという承認欲求を手放す。
もう落ち続けるのは嫌だという誇りや制御欲求を手放し
大きな仕事しなきゃそろそろヤバいという渇望や安全欲求を手放す。
ほかにも、顔のほてりを手放し、優越感を手放し、
とにかくともかく自意識がやることなすことにとらわれないようにするわけだ。
より高く飛べば落ちた時のリアクションは重い。
けれどもそのリアクションがやって来ても何の影響も受けないと分かっていれば
安心してより高く飛ぶことが出来る。
クリアになった瞬間にインスピレーションも訪れる。

いらないものを消していくことが自分を磨くということだろうし
竹内まりやも「綺麗に心磨けば、ほ〜ら、運命は笑いかける」と歌っている。


受からないわけがないはずなのだが…

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2010年6月18日 (金)

セドナ演技

他人に見せることを前提に始める作業ではあるものの
演技というのはほとんど内面的な作業である。

企画が決まり物語が出来て登場人物や状況設定が作られ
台本が出来上がってきて初めて、俳優の仕事が始まる。

現場でその時の制作側からの要求に技術的に応えること。

本番、よーいスタート!の瞬間のたびに
台詞の論理と裏付けの感情が何度でも内面で存在していること。

その時に引き出す感情や感覚を取り扱う技術。

それは俳優にとって重要な内面的技術だ。

メソード演技では自分の実生活での感覚や感情を記憶し必要に応じて引き出す。
メソードについてはスタニスラフスキーからストラスバーグ、
また最近のものまで専門書がたくさんあって、
いろいろな演技状況で様々な具体的な対処方法が研究されている。

僕の野望はセドナメソッド俳優という聞いたこともないようなものを確立すること。

それはメソード俳優と呼ばれたマーロン・ブランド以降の
アクターズ・スタジオの俳優達に対抗してみようという試みである。

うん、かなり大変だけど、やりがいあるよね。


さて、セドナメソッドでは
今この胸に訪れた自分の感情と意識的に向き合う。それは

9つの感情
 無気力、悲しみ、恐れ、渇望、怒り、誇り、勇気、受容、平安
とすれはどれということになるか。

そしてそれはどこから来たものか。

4つの欲求
 制御 承認、安全、分離
とすればどの欲求なのだろうか。

この自己探求ともいえる作業。おそらくこれに大きな価値があるのだろうが
この作業がとても気持ちよくて快感であっという間に幸せに出来てしまうところが
セドナメソッドの凄いところなのだろう。

セドナメソッドは原因や責任を問わない。
何故俺はこんな気持ちなのか、なんのせいか、どうして憂鬱なのか。
それをしない。やめる。
その答えを求めない。
LET GO ただ手放す。解放する。

実は演技中の俳優も同じような作業をする。
答えは台本に書いてある。
イライラしている男A「ふざけんなよ!」と書いてあったら
内面にイライラを訪れさせ、そのまま解放する。
カメラ位置が変わりもう一度
内面のイライラをつまみ上げ「ふざけんなよ!」そのまま解放する。

そうするとその結果、
この男Aは相手を制御したかったんだな、でも出来なかったんだな。
とシーンのリアリティが成立し物語が進行することになる。

役者は三日やったらやめられないというが
セドナメソッドもその度に快感を味わうことが出来る。
演技というものが誰にでも備わった本能であるように
感情を解放するということがとても自然なことだからだろう。

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2010年6月12日 (土)

セドナメソッド俳優

「人生を変える一番シンプルな方法」
というセドナメソッドの本が
人生というか僕の仕事のやり方を変えている。

セドナメソッドは物理学者が考えた方法らしく
目に見えず、とらえどころなく、制御出来ず
どうかすれば襲われるがままとなる
自分の感情や欲求をフィジカルに
手に握っているペンのようなものだと捉えることから始まる。

字を書くために無意識で握っているペンを
手の上で転がしたり、下に落としたり出来るように
感じている気持ちもそんな風に扱えるのではないか。

胸に迫り、襲いかかって来るかに思える感情も
実は自分で握り締めていたのではないかと気付かせてくれる。

そしてそれはすべて手放すことが出来るのだとその方法を教えてくれる。

なんだ、そうだったのか。
あんな気持ちもこんな思いもそしてあのこともこのことも
もう僕を苦しめることは無いんだ
ということに気づいた時の開放感。
閉じていた心のドアが開き、溢れてくるエネルギー。

おそらくそれが人生を変えるのであろう。

セドナメソッドとは自分を制限するものからの解放の仕方である。

驚くべきはその呪文の効力が
どんな大きな怪物、或いは小さな無気力にも
すばやく有効だということ。


さて、テンパり役者が一瞬で重厚な演技をしだしたりしたら
一体そこに何があったのかと思うだろう。
これまで芝居や演技をいろいろな所、いろいろな人に教わってきたが
「セドナメソッド演技」を教えてくれた人はいない。
なさそうな、でも十分ありえる演技メソッドであると思う。

それを僕はやってみたい。

これからしばらくの間このテーマでブログることにした。
行けるところまで行ってみよう。
49歳の新たな出発点として。

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