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2010年12月 4日 (土)

修正という課題

日常的に俳優が直面する課題にセドナメソッドをどう使うのか。
その現場での緊張感をより感じられるように
すこし大げさに考えてみよう。

撮影現場を作るのはスタッフだ。
彼らは撮影されて表に出たりはしない。その準備を黙々と続けている。
スッタフ一人一人にそれぞれの仕事とその能力や価値観があって
現場へやって来る俳優はまず最初に、彼らと比較され認識される。
後で他の俳優とも比較評価されるが、まずは、自分という物差しで測られる。

◯◯役の俳優の仕事ぶりはそこにいる全てのスタッフに必ず評価判定されている。
何故なら自分達スタッフも評価判定される存在だからだ。
自分よりもましなのか、たいしたことないのか、
スゲーなぁなのか、何やってんだなのか。
それぞれが内面的に判断し、時にはそれぞれに態度として表現される。
プロデューサーなりに、監督なりにカメラマンなりに、
またそのアシスタントなりに。

まずそんな前提が現場にはある。

俳優A氏が他の俳優とあるシーンをリハーサルする。
台詞は入れて来ていた。声も響きのあるいい声で滑舌も滑らかだ。
俳優Aはそこまでの評価はされる。
しかし、演技にシーンのリアリティを拡げるものはあるだろうか。
動きが決められた。
本番の前にテストが行われる。
俳優の演技はそこから監督の修正を加えられる。

監督が台詞の間と動きのタイミングを修正した。
「よければ本番で」

俳優に与えられた時間は30秒程。

本番。
すると修正した辺りの台詞が途中で飛んでしまう。

テイク2。
台詞は途切れなかったが、間とタイミングの修正はされてなかった。

「なんだ修正できないのか」という沈黙。
「もう一本やらせてください」監督は自分の責任でテイクを重ねる。

テイク3。
俳優は修正した間とタイミングどおりに台詞を途切れさせずにやりきる。

「…O.K…」という監督。
このシーンのリアリティがこの時決定される。
監督の印象として残るのはこのリアリティレベルと一連の作業の円滑さだ。
そして監督は自己責任を持ってこの印象をその俳優の価値にすりかえる。


現場に持って行った自分の演技がどれくらいのリアリティレベルを持ち、
それが現場でどの程度の安定感をもったかが、俳優の価値であり値段だ。

別のベテラン俳優Bの安定した感情的長台詞の一瞬一瞬が
現場をどれだけ助けていたことか。
修正を受け、カメラの動きを変えてもそのリアリティは毎回変わらなかった。

一連のプレッシャーの中で俳優の内面で行われるの30秒間の作業。

セドナメソッドに何が出来るのか。

まず、自分の演技に付けられた修正を受け入れること。
自分の中に修正への不満や疑問や批判があれば
それは必ずリアルな演技を邪魔してしまう。
監督の修正を自分が思いついたことのように受け入れ
疑問も違和感もセドナで手放してしまう。

練習していたものと違う新しいトライに不安も感じるかもしれない。
失敗するかも知れないという危機感を手放す。

セドナメソッドは緊張をエネルギーに転換することができる。

緊張が大きければ変換できるエネルギーも大きくなる。

死にそうな目にあった人は死にものぐるいという大きなエネルギーを出すことが出来る。

「このプレッシャーを手放せますか?」

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コメント

す、すばらしい
ここまでセドナメソッドを深く理解し
ビジネスに応用なさってるなんて

公演だけでなく、講演、ネット講座、わーくしょっぷ、一日体験セミナー
などなど、ぜひやって下さい!!

投稿: あらいぐま | 2010年12月 6日 (月) 11時18分

あらいぐまさま〜
ありがとうございます

こうやってブログ書いているのは自分のためではあるんですが
何割かは、若い役者さん達がなんかの足しにしてくれたら
とも思っています。

自分らしい仕事をしてみたいと僕も若い時から思っていました。
それゆえに沢山の失敗もしました。
僕にとっては必要だったのかも知れませんが
他の人が同じ失敗をする必要はないのです。

セドメド演技論、もう少しやらせてください

投稿: ミュウ | 2010年12月 8日 (水) 22時56分

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