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2011年8月

2011年8月31日 (水)

目覚め

Maruen

楽しかった大学生活。
「こんなことがあった」シリーズを考えていると
大学でのいろんな出来事が思い出されて楽しくなる。

教育学部教員養成課程だったから
地元の小学校の先生になるものと誰もが思っていた。

その頃は採用状況も百%だったから
先生ではなく、役者になるという選択は

ただ自惚れていたのだろうし
社会を甘く楽観していたのだろうとも言える。

だだ、大学の演劇部で僕はやっと自分自身と出会った。
遅ればせながら、ここで僕はやっと目覚めたのであった。

文化祭の出し物だったと思う。
イントレ(鉄パイプ)とブルーシートで芝居小屋を作り
いくつかの寸劇を上演していた。

僕はチャオリンという中国人のオバサンのストリッパーだった。
むちゃくちゃな中国語をしゃべって観客にからみ
着てた着物を脱いでいくという即興パフォーマンス。

ただのコンパ芸のような出し物だったが
演じ始めた瞬間、狐が憑いてしまった。
もの凄いエネルギーがやって来てその場でドラマを作った。
僕はでたらめな中国語で怒り、笑い、泣いた。
意図したものは意識的な作為は何もなかった。
流れの中で僕はチャオリンの身上に怒り、笑い、泣いていた。
すべての着物を脱ぐという瞬間、暗転し舞台に着物だけが残り終わる。
役者には伝えるべき話があり、それを演出している自分も同時にあった。

観客にもそれは伝わった。
見ていて興奮したと僕のチャオリンはしばらく語り草になった。

自分ではないチャオリンが自分を開放した。
演劇ではこれを飛翔或いはインスピレーションと呼び、
充分な稽古という滑走があって初めて
飛ぶことも出来ると考える。

スタニスラフスキーシステムもこのインスピレーションを
どうしたら毎回の公演で得ることが出来るのか
という命題に答えようとしたものだ。

僕の中にすごいキツネがいる。
それは僕にとって、かなり大きな体験だった。

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2011年8月24日 (水)

テレビりょく

夏休みということで
家族で、お台場合衆国に行った。

平日だったが、混雑していて行列に並び続け、
フジテレビ本社屋を回るだけで日が暮れてしまった。

テレビ局をテーマパークにする。
人気番組をブース化というかアトラクション化する。
今だけのここだけの情報を提供する。
ショップや商品と連動させる。

日本経済の一端を担うフジらしい催しで
ウチでゴロゴロしてれば使わなかったはずのお金を
ここに来たが故に支払う必要に迫られまくってしまう。

あ、これ見てる知ってる好き好き!というテレビの力が
すべてのアトラクションと商品に魔法をかけている。

放送という当たり前の情報源。
みんなが観ているというテレビ番組。
歓声と人混みの中で実感した、そこにあるちから。

役者をはじめ業界人の生活費も
広告代理店が高層本社ビルを持てるのも
もちろんメーカーが利益を上げられるのも
その大きな力があってのこと。

テレビを観て気分を変え、テレビを観て生活を変える。
もしかしたら、この僕もこれからどう生きて行くかを
テレビドラマを観て決めて来たのかもしれない。

自分の力ではないその大きな力を僕は受け入れているのだろうか。
Megami

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2011年8月17日 (水)

高校のど自慢大会

こんなことがあった。
高校三年の時のことだから
もう30年ほど前のたった5分間の出来事。

確か生徒会主催のイベントで
学級対抗のど自慢大会というのがあった。

観客は在校生だけだったと思うので確か文化祭とかではなかった。

体育館の舞台で在校生五百人程を前に
学級の代表者が順番に歌を歌うという
しょぼい企画であった。しかも伴奏なし。

僕はビートルズの「oh! darin」をひとり歌った。
レコード「アビーロード」は繰り返し聴いていたし、
かなり練習もした。
歌っている本人には頭の中で感動的な伴奏が鳴っている。
が、しかし…

おう!だーりん!ふぇんゆうぎーみ!!

『英語かよ!』

と野次が飛んで、笑いが起きた。

『わけわかんねえ!!』

頭の中の伴奏が鳴っている間の静寂 歌 静寂

『まだ終わんないのかよ!』

かなりの間の後、突然歌う僕は笑われ続け、野次られ続ける。

『まだ歌うんかよ!』

爆笑。おお受け。

英語の歌声と野次と笑いが代わる代わる響く体育館。

歌い終わり、頭を下げるまで、5分程の出来事だった。

僕の次は男女のペアがデュエットで有名な演歌を歌った。

野次は飛ばず、大きな拍手と歓声があった。

この体験。

僕はこの後、大学の演劇部に入り舞台にまた上がる。

そして、僕をして佐賀から上京させたエネルギー。
今も尚、僕をして役者をやめさせないエネルギー。

自分は舞台の上の人間であり
客席側に座って笑ったり野次を飛ばしたりはしないのだという決意。

思春期の自意識過剰の僕のその時の必死の決意。

その怨念のようなエネルギー。

でも、もう三十年も経ったんだ…

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2011年8月13日 (土)

邪魔を吐いて手放す

毎週水曜の更新と宣言したのに
今日はもはや金曜日。
木金の仕事の準備でブログを書くどころか
ネタさえ浮かべられなかった。

仕事の時は仕事の雑感を書きたい。

台詞が割とあったので

セドナメソッドで台詞を入れた。

リラックスを妨げているものは手放す。
焦り、不安、恐れ、失敗の記憶。

台詞への疑問や抵抗も邪魔になるだけ

何もなければ台詞は込められていたイメージを産み世界を作る。

自主練でもセドナメソッドで掃除して心の中に神聖な稽古スペースを作る。

頭の中で台詞をぐるぐる回してイメージが納まる所を見届ける。

準備8割現場2割。

現場の声をひとつも洩らさず
エネルギーという自分と
繋がり続け
イメージをエネルギーが実現化していくのを
邪魔しない。
制作が持っていたイメージは
果たして実現したのか。


余韻の中に答えがある。

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2011年8月 3日 (水)

作業手順

自分が撮影されている
5分以内のショートドラマ
泣き笑いが同時に来る瞬間があり
自分が経験した実話であること
台詞と役作りに力を入れ
撮影技術的なものに凝らない

つまり自分がこれまで経験したことをどんどんリストアップし
それがどんな「点」であったのかをはっきりさせ
それをドラマとして成立させる

さて、こんなことがあった。

とプライベートな出来事を書きだしてみているのだが

さすがにプライベートすぎて
ここには書けない

たぶん状況も事情もうまく伝わらないだろう

そういう意味で
自分の実体験だけを歌う
古内東子はすごい。
シンガーソングライター
はみなすごい。

アクタードラマライターとしては
この壁をまず乗り越えなくては

ショーン・ペンのアイ・アム・サムという映画があった。
Pen
知的障害者の父親から子供を引き離そうとする社会という話だが

ちょうど息子も三歳ぐらいの時でその中の
「自分の子育てが十分だと思う親なんていない」
という台詞に滝のような涙が出たことを思い出す。

とお茶をにごしておこう

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