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2011年10月

2011年10月28日 (金)

行き詰まると

Jugusomicro

途中でこちらも行き詰まっていたジグソーパズルを作る。
思うようにはならない外の現実は
パズルのピースとなって僕の指先と頭でくるくる回る。

傷ついてしまっていた。
圧倒され、自信を無くしていた。

自分で色んなプレッシャーを作り出しては自分を邪魔していた。

無意識からのエネルギーを意識的にコントロール出来るつもりだった。

焦って準備を怠ればこのザマだ。

プレッシャーを取り除くスピードより
プレッシャーを次々と作り出すスピードの方が早い。

結局、自分でこの惨たんたる状況を作り出したのだ。

苦しい。


楽しく生きていこう。

楽しい、そう感じたからここまでこの道を来た。
他は何も要らない。無くていい。
イライラすることも焦ることも
勝つことも自信も自分らしさも。

目の前のパズルを見つめる。
ただピースを見つめる。

そうやって進んで行こう。

ただ楽しく生きていこう。

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2011年10月19日 (水)

こころのとも

母が、自分の状況を説明しようとして、
友達が言ったのよ、と言う。

認知症と言うか内面の話をもう少し。

特に短期記憶すべき事柄があやふやになって来るのだから
嘘と本当もあやふやになるのもしかたない。

でも心の声は届いている

繰り返し行動を邪魔する声、あるいは優しく導く声

どの声について行けばいいのか。

時間軸にのっとり
外であったこと内にやって来たことの区別を付けて僕らは
自分としての一貫性を保っている

誰かから聞いた言葉と内なるつぶやきの違い。
それは僕らにとってもあいまいだ。

自分を不安にさせる言葉に繰り返し苦しむこともある。
慰めて、元気づけてくれる声もあるだろう。

そんな声を友達と認識した。

今やっていることは友達に言われたこと。

こころの友だけが母をそして僕らを導く。

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2011年10月12日 (水)

多幸症

認知症は進行性の病気である。
だが人それぞれで、百人百様の進行があり症状がでるという。

記憶がどうのと、言ってるのは初期。
深刻なのはそれが運動機能や基本生活に及んでしまうことだ。
話すこと、動くこと、食べること、排泄までも
脳が、生きていくことを忘れてしまう。

認知症の解説を見てみると
混乱期を抜けた末期に多幸症が現れる。それが救いだ。とか
感情失禁の症状がでることも、とある。

母に変化が現れ買ってくるものが人参ばかりになってから5年は経つだろうか。
「忘却とは忘れることなり」
えっ、忘れたの?と聞く度に笑って繰り返していた。

どうなってしまうのだろうと心配する僕らをよそに
疑惑と不安の混乱期をあっという間に潜り抜けた。

感情失禁、良いと思う。

子供のように笑い、子供のように泣く。

役者にとってそれは学ぶべき名演技だし

そこに何かの理由があって出てきた感情をそのまま見せることが出来るなんて

これは症状というべき異常なことだろうか。

この方が人として自然なのではないか。

そして多幸症。
僕らは迷わずためらわず振り返ることなく
そこを目指す。

幸せが多すぎる。嬉しすぎる。楽しすぎる。
そんな病気になってしまって

母の人生がそこで完成する。

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2011年10月 6日 (木)

フォーカスフレーム

前の集中筋からの続き。

なんでオーディション受かんないんだ!
という問いかけよりも
今回のオーディションは何故、受かったのか
を振り返る方が実りがある。

やはりヘマをしなかったからかな。
オーディションは基本減点方式。
牟田さんはお医者さんに見えますねとかと言われ
ポイントゲットしたつもりで
調子に乗ってつまらないことを喋ってれば
減点されて、さようならだ。
医者に見えて当然、芝居も出来て当然。

低価格のポーラルホワイトニングをしていた。
歯も黄色いと減点だ。

審査の時に心を静寂モードにした。
ソフトバンククリエイティブから出ている引き寄せ本
「願いを叶える7つの呪文」の
フォーカスフレーズで
意識を呼吸等に焦点を合わせていくことで
心のざわめきを忘れることが出来る。ざわめきは色んなことを邪魔するだけだから。

フォーカスフレーズの一番目
私は喜びあふれる内面に焦点を当てることを選択します。
と喜びをまず見つける。

喜びの感情というのはとても扱い易いエネルギーだ。
状況によっては見つけにくいこともある。
イライラや怒りの方が見つけやすい。
自分自身というのはエネルギーのことではないかと思っている。
優しいやつというのは喜びの感情に日常的に焦点を合わせられるやつではないかと思う。

そして演技。
これは方向性だ。ゴルフのアプローチみたいに最低限方向がピンの方を向いてればいい。
インスピレーションが来てホールインワンしてしまったと思うこともあるかも知れないけど、あくまでも大事なのはピンだ。僕らではない。
だから例え落ちたって気に病むことはないのだ。

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