« フォーカスフレーム | トップページ | こころのとも »

2011年10月12日 (水)

多幸症

認知症は進行性の病気である。
だが人それぞれで、百人百様の進行があり症状がでるという。

記憶がどうのと、言ってるのは初期。
深刻なのはそれが運動機能や基本生活に及んでしまうことだ。
話すこと、動くこと、食べること、排泄までも
脳が、生きていくことを忘れてしまう。

認知症の解説を見てみると
混乱期を抜けた末期に多幸症が現れる。それが救いだ。とか
感情失禁の症状がでることも、とある。

母に変化が現れ買ってくるものが人参ばかりになってから5年は経つだろうか。
「忘却とは忘れることなり」
えっ、忘れたの?と聞く度に笑って繰り返していた。

どうなってしまうのだろうと心配する僕らをよそに
疑惑と不安の混乱期をあっという間に潜り抜けた。

感情失禁、良いと思う。

子供のように笑い、子供のように泣く。

役者にとってそれは学ぶべき名演技だし

そこに何かの理由があって出てきた感情をそのまま見せることが出来るなんて

これは症状というべき異常なことだろうか。

この方が人として自然なのではないか。

そして多幸症。
僕らは迷わずためらわず振り返ることなく
そこを目指す。

幸せが多すぎる。嬉しすぎる。楽しすぎる。
そんな病気になってしまって

母の人生がそこで完成する。

|

« フォーカスフレーム | トップページ | こころのとも »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 多幸症:

« フォーカスフレーム | トップページ | こころのとも »